東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)216号 判決
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【判旨】
第四当裁判所の判断
一称呼の類否について
本件商標から「リーコリン」の称呼を生じ、引用商標から「ニコリン」の称呼を生ずること、そして両者は、語頭音で「リー」と「ニ」との差異があるのみで、語頭につづく三音「コリン」を同じくすることはいうまでもない。ところで原告は、その相違点である「リー」と「ニ」との異同について主張するので、まずこの点について検討する。
<証拠>を総合すると、つぎのように認められる。すなわち日本語のラ行子音の性質については、必ずしも定説としての確立はみないし、地域による相違は考えられようが、「r」よりはむしろ「l」もしくはその中間にあるものともされ、一般的には舌さきを硬口蓋につけてすこし左右にすき間を残し、声を帯びた気流がつめかけるのをまつて急に舌をずらして、口むろの通路をひろげながら次の母音の調音に移つてゆくことにより発声するもので、次の母音の調音域のありようによつて舌の方向は変るとされ、その子音自体は極めて弱い密閉的要素を含んだ摩擦音として分析されることもあるが、「リ」の場合は、母音「i」との結合によつて後半の舌の動きは、弾くような相当程度の強さをもつている。なおラ行子音は「ニ」の属するナ行子音「n」とは歯ぐき、舌尖による調音域を同じくするが、調音の仕方に流音と鼻音の違いがある。そして、その調音域を同じくするところから「リ」が「n」になつてしまうこともあるとされるが、<証拠>に例示されたものをみると、構成する単語の中では語頭に属さない部位にあり、しかもナ行音の前での同化作用の極端な場合である。以上の認定事実によれば、「リ」と「ニ」とは、それぞれを構成する子音が調音域を同じくする点と、母音「i」と結合している点での共通点はあるけれども、音声学的分析を加えても、発声上相当程度の差異があり、しかも商標上の称呼類否の判断においては、原告も主張するように、一連一体としての称呼として検討しなければならないから、称呼される単位としての単語を構成する部位如何による検討は音声の性質上不可欠であり、ともに語尾部分が流音に続く鼻音に終る本件両商標における四音節程度の構成では、語頭音は発声上最も重要な地位を占め、称呼する者の注意力をひくことを考慮に入れれば、「リ」は、上歯の後方に舌をつけて発声される弱い鼻音である「ニ」とは音感・音質の違いから、聴者に紛れることのない差異を持つ音であるというべきである。
さらに<証拠>を総合するとつぎのように認められる。元来、短音、半長音、長音の区別には、時間的、本質的、数値的に絶対的な基準はなく、日本語の場合短母音と長母音との間に著しい音色の差異はないが、日本語の有声擦音は決して長くならないことなども考慮すると、「リ」に長音記号を附し、しかも単語の語頭部分に位置した「リー」は、長母音の一音としてよりは、むしろ「リイ」と二音に近い間延びしたゆるやかな語調となり、歯切れの良い語頭の「ニ」とは、音の長さに明かな違いがあり、聴者に異つた印象を与えるものというべきである。
以上の考察を総合して「リーコリン」と「ニコリン」と称呼を対比してみると、両者間には発声上も、聴者に与える語感にも明かな差異があり、類似するものとはいえない。なお原告は取引上の便宜から「リーコリン」を「リコリン」とつづめて発音することがありうると主張するが、そのような呼び方は、欧文字商標の誤読の場合などとは異り、元来本件商標としての使用には属さないものであるから、類否判断の資とはなり得ない。原告がその主張にそうものとして指摘する過去の審決・判決例の存在は、いずれも前掲説示にてらし、この判断を左右するものではない。
ちなみに、原告は医薬品についての商標の特殊性をあげつらうところ、原告が全国的に発売している医薬品「ニコリンNICHOLIN」が医師の間で知れわたつていることは当事者間に争いがなく<証拠>によれば、それが意識障害治療剤であつて一般家庭薬には属さない医師等専門家による取扱・投与を要するものであることが認められる。ところで原告のいう特別の配慮の趣旨必ずしも明かではないが、商標の本質もしくは登録要件として要求される自他商品の識別機能の有無に帰する問題は別として、これを除いた調剤過誤等の結果的な事柄は、本来商標制度に直接かかわらない問題であるうえ、前記認定の引用商標に関連した原告発売の意識障害治療剤に関する事情からは、ややもすれば商品名にのみ頼り勝ちな消費者を予定した家庭薬等と異なり、より注意力を要求される専門家の需要に限られるところから、むしろ誤認混同の恐れを想定する必要を減殺する要素とこそなれ、原告主張のような趣旨においてこれを考慮するには値しないというべきである。
二外観・観念について
本件商標と引用商標とは、別紙その一、その二<省略>に示されるように、その字体、欧文字との組合せの有無から構成上明かな違いがあり、外観上類似するものとは到底いえないし、また、いずれも特定の意味を持たない創造語であつて観念の類似もいうによしない。<以下、省略>
(小堀勇 舟本信光 小笠原昭夫)